そして、カミングアウト

 僕が初めて自分が同性愛者であるということを他人にうちあけたのは、研修医2年目の後半でした。それまでは、自分の性についてきちんと理解できなかったために、ゲイの個人サイトをみたりするのにも、何か後ろめたさを感じてしまったり、そこにメールや掲示板などを介してコンタクトをとることなって、それこそ考えられない、という状況でした。
 それでも、インターネットが普及し、多くの人がネットを利用するようになったことで、個人でサイトをつくる人も加速度的に増加していき、その流れで、ゲイサイトも単なるアダルトサイトだけではなく、ありふれた日常をただ綴ったような、自然体の個人サイトが増えてきたことで、自分の性的指向を正しく理解する方向にすすんでいきました。
 同世代のゲイが、自分の心情を語った本や、同性愛というもの自体を解説した本を手に取る機会も訪れました。これも、ネットのおかげです。田舎の病院に勤務していながら、ネットで容易にそうした本を注文でき、手に入れることができたのです。それまでは、書店でそういった出版部数の少ない本を探すのも、レジや他のお客さんの目を気にして購入するのも、容易ではなかったのです。無責任な情報が過剰に提供されることに異を唱える人も多いですが、マイノリティーにとっては、普通の生活の中では巡り会えないものに効率的にアクセスできるという点で、ネットは非常に有用なツールです。それまでは、とにかく都会に出ることが必要でした。出会いにしても、新宿二丁目に代表されるような、ゲイタウン、ゲイバーというところへ直接行くことを要しました。あるいは、ゲイ雑誌をなんとか入手して、文通コーナーなどに希望を見出していたようです。
 さて、カミングアウトに話題を戻します。これは前回までに述べたように、本来は、同性愛者が自分のセクシャリティを自覚し、それを受け入れ、その上で、自分のライフスタイルを確立していく過程すべてを包括する言葉ですが、そのプロセスの中でも特に重要なものと考えられる「公表・告白」という狭義でとらえられることが多いです。今回も、その狭義のカミングアウトの話をしていきます。
 実は、いろいろネットをさまよっている過程で、とある身近な人間の個人サイトにたどり着いたのです。写真も載っていたので、見まごうことなき知り合いでした。その中でゲイであることを綴っており、意図せず僕は知人がゲイであることを知ったのです。学生の時はいろいろと接点があったものの、研修医として田舎に赴任している僕は、それを知ったものの、だからといってすぐに彼にカミングアウトする、という発想はなかったのです。そのサイトにたどり着いた時点で、まだ自分のセクシャリティをきちんと自覚していなかったというのもあります。ただ、ネットの情報や、何冊かの本などを読み、時間はかかったものの、自分のセクシャリティを自覚したとき、やはり同じセクシャリティの仲間を欲したのです。医者として、なかなか病院を離れられず、はっきりした休日もないので、すぐに東京に飛んでいって仲間を探すことができないことに相当なストレスを感じながら、勇気を持ってゲイの個人サイトにメールを送ってみたり、掲示板に書き込んだりする一方で、一番身近なゲイとのコンタクトを考えたのです。
 まあ、その時は勢いだけでいきなり携帯に電話したのでした。普段、共通の友人などと一緒に会うことはあっても、プライベートで一対一で会うほどは親しくなかったので、電話すること自体もいきなりだったのですが、突然のカミングアウトに、彼が一番びっくりしていました。かなり近い場所にいたのに、まったく気付かなかったそうです。僕も気付かなかったわけですけれど。
 僕が数パーセントは異性愛の部分があるのに対して、彼は百パーセント同性愛者だと言っていました。高校時代くらいから、ゲイ団体などに関わって、割と積極的に活動しており、ゲイ世界のいろんな事情に詳しく、心強い身方を得た気分でした。また、彼は、僕との共通の友人に、かなりの数カミングアウトしてあったので、そのリアクションなどを、自分のそれ以降のカミングアウトの参考にしていくのですが、それはだいぶあとの話になります。僕は当初、ノンケ(異性愛者)にカミングアウトするつもりはないし、その必要もないような気がしていて、彼にもそう言っていたような気がします。
 その一方で、僕が以前より運営していた個人サイトで、ゲイであることをカミングアウトしないままに、セクシャリティについてきわどい発言をしたり、ゲイサイトとリンクをはったりしていたので、彼はその状況について「ヒヤヒヤする。いったい何がしたいんだ」とコメントしていました。僕の以前の個人サイトは、かなりの数の知り合いにばれている、いわゆるサイトバレという状態でした。そのため、そこでカミングアウトするのは、リアクションがわからない、無差別カミングアウトになってしまうので、そうするつもりは毛頭なかったのです。でも、相反して、みんなにカミングアウトしたいという気持ちが高ぶっており、自分でもうまく説明できない行動に出ていたのです。
 その後結局、身近なノンケにもカミングアウトをすすめることになるのですが、また、改めて綴ります。